終戦後の電気自動車ブームと燃料統制について

終戦から数年経過すると民間貨物輸送の需要が高まり三輪トラックが多くのメーカーから生産されるようになる。
戦時中から続いていた燃料統制でガソリンの調達が難しい時代背景の中、電気自動車が注目された。
自動車メーカーは挙って電気自動車の開発研究をしていた。市販されているエンジン車を電気自動車に改造する町工場もあった。
通産省主催の電気自動車性能テストで日産プリンス前身の東京電気自動車の「たま」が最も優秀であった。
統計によると戦後電気自動車の登録台数が最も多かったのは昭和24年(1949)から昭和25年(1950)である。

昭和25年(1950)6月25日未明 朝鮮動乱
米軍による軍需資材の買い占めによりバッテリー用の鉛の価格が8〜10倍に高騰。同時に、統制されていたガソリンが放出されたため電気自動車は無意味な物となる。
そのため戦後の電気自動車ブームは極めて短命に終わった。
多くの開発途中の電気自動車は世に出ぬまま幕を閉じた悲しいドラマがあった。
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