福住駅「す」と「ず」
篠山線地図
【篠山線の歴史】
戦争中のマンガンや珪石を輸送するため軍部の要請で1943/7休止となった国鉄有馬線の材料を転用して1944/3開通した。
工期を短縮するため及び軍需線のため、あえて人気のないルートに敷設された。戦中東海道線が不通時のバイパスとして山陰線の園部までの延伸計画もあったが実らずに1972/2/29最後の日を迎えた。
強力な廃止反対運動もあったが福知山線の複線電化を約束して解決した。
ふくすみふくずみ
福住】ふくすみ or ふくずみ
福住駅には「す」と「ず」の駅名板がある。当時中学三年生の鉄道研究部員の私は研究の結果「ず」と確信した。
停車場一覧表
日本国有鉄道編停車場一覧表から転載
その根拠として駅の戸籍謄本ともいえる停車場一覧表及び国鉄発行の時刻表は「ず」である
毎日新聞
【毎日新聞】S47(1972)2/25
毎日新聞に私の研究結果と180度異なる記事が掲載された。
それには「す」が正しいと報じている。
驚いた私は学校の顧問の先生とも相談して毎日新聞本社に研究資料を同封して手紙を書いた。中学三年生にしては勇気のいる事だった。3/21この記事を書いた記者の方より厚い直筆の返事を頂いた。地元で再調査したがやはり「す」が正しいとの事。
内容は不満ながらも中学生の手紙に再調査して頂いた感動は今でも忘れられない。
【結論】地名は「す」 駅名は「ず」と私は今でも確信している。